日本語教師アシスタント派遣 リンクプログラム
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マミーの日本語教師こぼれ話 【初めてのTAFEのレッスン】
TAFEのマネージャーのバリーさんから、「日本語クラスの人気はすごく高くて、すぐに、30名の申込みがあり、締め切った。どうか、30名を教えて欲しい。」と連絡がありました。

私は、TAFEの講師となり、30名の生徒に日本語を教えることになりました。
TAFEでの1番最初のレッスンを今でも私は忘れることはできません。
私は、日本では、小学校と中学校でしか教えたことはなく、30名もの大人を目の前にしたときは、本当に緊張しました。当時の私と同じくらいの年齢、20代から70代までの男性、女性が机について、じっと私を見つめていました。まあ、初対面というものは「この人、どんな人間なのかしらん。」とお互い興味深々で見つめ合うものです。まして、人種も違い、今まで住んでいた国も違い、言葉も違うのですからね。私は、緊張していましたけど、生徒さん達は、物珍しそうに私を見ていました。

生徒の名簿をもらってはいたのですが、聞いたことのない名前は、なかなか読むことができません。ファーストネームはともかく、名字は本人に聞いても発音できなかったりして、いつも授業の最初は日本式に出席を取ったのですが何度もおかしな読み方をして、生徒に笑われました。実は、このときの生徒の1人だった、夫のジムの名字のFORSYTHを結婚するまでフォーシスと読んでいました。結婚前にジムが、「サチコのファミリーネームはフォーサイスになるよ、フォーシスじゃあないよ。」と言ってもらって、真っ赤になりました。

                   その頃の私

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by linkprogram | 2006-06-17 17:37 | マミーの日本語教師こぼれ話
マミーの日本語教師こぼれ話 【TAFEの講師】
夢のような、アデレイドでのホリデイは終わり、3学期が始まりました。私の滞在するバーリンガー養護学校に私を訪ねて来た人がいました。その人は、TAFE(オーストラリアの全土にある、国立専門学校)のマネージャーで、「日本語を習いたいという人が地域に急増していて、日本語クラスを開講することになったので日本人の講師を探している。この学校に日本人の先生がいるという噂を聞いて来た。」と言われました。
開講しようとしている日本語クラスとは、毎週1回、夜の7時から9時までの2時間、定員15名で、ローカル新聞に告知して生徒を募集するということでした。そして、観光ビザの私には給料が払えないが、お礼という形でTAFEの講師の給料と同じ金額を私の口座に振り込んでもらえるということで、私は、「はい。TAFEの講師をやらせていただきます。」と返事をしました。
このころ、私は、27回目の誕生日を迎えました。
         誕生日パーティを開いてもらいました

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         誕生日に農場に連れて行ってもらいました

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by linkprogram | 2006-06-17 17:36 | マミーの日本語教師こぼれ話